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「レンレン!起きてよ。ついたよーっ」
「…ん、うん」
ルリはまだ眠っているレンを車中から引きずりおろし、なんとか玄関先まで誘導した。
高校に入っての初公式を終えて、マウンドの主人公は「電池切れ状態」のままだ。
だらしない顔をして寝ぼけているレンを見て、ルリは三つ編みを揺らして、ふくくっ、と笑った。
たよりない、同い年のいとこのレン。中学時代は群馬の家で一緒に住んでいた、もう一人の弟みたいに頼りないレン。
(でも、今日はかっこよかったよ!レンレンのくせに!)
ルリは頬を紅潮させて、今日の試合の興奮を思い出した。まるで子供の運動会をホームビデオで録画するオヤのような、そんな誇らしさだった。
「さて、レンはまた寝ちゃったけどお昼作らなきゃね。食べてくでしょ?買い物行ってくるけど、ルリちゃんも来る?」
レンの母は、楽しくてしかたがない、という風に話しかけてきた。息子の晴れ舞台も見たし、ルリくらいの女の子が訪ねてきてくれるのが、娘ができたみたいで嬉しいのだ。
「…あたしは待ってる。ペイント落とさなきゃだし…」
ルリは両腕の「ニシウラ」「勝て!」とマーキングされた応援ペイントを見やった。地元じゃないとはいえ、さすがにスーパーで目立ちそうで恥ずかしい。
「あははっ。そうだねえ。じゃ行ってくるね。レンをよろしくね」
レンの母のクルマの音が消えていく。試合は朝一番だったので、まだ昼くらいだ。
玄関でへたっているレンをリビングに引きずってソファに放り投げる。男の子なのに、そんなに重くない。おばさんに似た色素の薄い髪は女の子みたいで、黒くて太くて跳ねる髪のルリとしてはちょっとうらやましかった。
「う〜、まずこの格好をなんとかしないと風邪ひくよ。あっそのまえにシャワーか。汗くさいし」
レンはクルマが汚れるからと、おばさんにアンダーパンツ一枚にされていた。てきぱきとタオルを見つけてきて台所で濡らし、一行に起きる気配のないレンにまたがって汗を拭う。自分の責任で風邪をひかれてはたまらない。むずがるレンをおさえつけてがしがしとカラダを磨いた。
ふと、ケモノみたいな匂いが鼻についた。脇のあたりとか、首筋から。
(こんなニオイ、したかな?汗のニオイ…男の子…だし、女と違うのかな)
そういえば胸板も厚くなってきてるし、肩幅も広くなってきてる。お互い二次性徴を経たお年頃らしく、あれこれカラダの変化が気になってくる。
「…でも、べつにイヤなニオイじゃないけど。あたしは…ムネ、ない。でもクラスメートの子、すごい人もいるし。レンレンもそういうの、気になるかな…?」
ふと、ルリは試合中の三橋の鼻血を思い出した。
(おばさんは女子が応援に来たからコーフンしたんじゃない?と言っていたけど、それってあたしのことかな?)
濡れタオルで肩から二の腕、脇、手先へと汗を拭っていく。女の子より熱い手のひらが、妙に気になってくる。細いけど、しっかりと筋肉のついた上半身だった。高校男子の成長に関心しながら、焼き魚のようにレンをひっくり返したりしてカラダを拭うルリだったが、眠り込んで動かない肉体をすみずみまで拭うのは大変な作業だ。
「あー、もうらちあかないし!お風呂に入れちゃって磨こう!」
ルリはなぜだか自分の鼻息が荒くなっているのに気づいてはいなかった。
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